李旺利の歴史
History

1972年
香港にて誕生。
李仙密教は身内間での同種同胚が基本だった。
祖母の 8 代総督の 1 番下の妹と、李家成人済の若い男性との公配で李旺利が産まれる。
(同種同胚)は血が濃すぎて弊害もある場合があったが、李旺利は(神童)であり、就学前には書物を読み習得が早かった。
学生時代の IQ は 200〜210
1981年
9 才で霊能力が完全開花。
喜んだ 8 代総督は、9 代総督として李旺利に決める。
訓練(火祈念)は 4 才から既に始まっていた。
しかし、李旺利が万一の場合に備え、叔母の李令麗にも同様に訓練を行なった為、李令麗にしてみれば、面白くは無い事だった。
1983年 李家の人間が日本在住を希望した為、李旺利も共に日本へ渡る。
李旺利は日本語を完璧に習得した。
しかし 8 代目総督と離れ辛く、たびたび中国に戻る。
1999年 8 代目総督が、李旺利を第 9 代目総督に就任させるが、一方の李令麗も同じく訓練された身。独自で宗教法人化を目論む。
しかし、李旺利総督がそれを許さず、戦いの火蓋が切られる
2007年 8 代総督が死去し、争いが激化。
李旺利は、日本でも度々鑑定活動、霊障問題を独自で受け、解決を地道に行っていた。
2016年 李旺利は李令麗を制圧(普陀山に幽閉)
2020年
日本本格デビュー。鑑定会社で首位を 22 連覇。
これは初の事であり、李旺利は独自でも、本格的にデビューを果たす。
(火祈念)は開運として評判になり、数々の媒体から取り上げられていく。
鑑定中は、祈念のみ取り扱う。(火祈念は午前 3 時に実施)
同時に、何箇所かの鑑定会社も李旺利に打診するが、2 件を断る。
霊扉天扉様よりオファーがあり、本格的に手を組み、火祈念を広めたい意向を伝え、日本初の本名本格鑑定に。
霊扉天扉様は、李旺利の意向を理解。
李旺利もまた霊扉天扉様に対し全面的に協力を決める。
追伸。早くデビューが待たれる。



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